未来の子供のために! kingdigimedのブログKと私と家族の闘病記「ダイコム画像」 パート5

Kと私と家族の闘病記

 

 平成10年に、神戸の医療機関で人工血液を研究している会社があり、仕事で手伝いに行った。その時、偶然にPCのデジタル化という方法があることにきづいた。
 息子の病気の事を知っている仕事関係者から、
「レントゲンなどの画像を持ち運ぶのは大変でしょう。CDに焼いてあげるよ」といわれたのがきっかけとなった。

 3ヶ月に1回の検査を何年も続けているのだから、レントゲンCTMRIなどのデータは膨大な量になっていた。
 しかも、「心臓」と「整形」とそれぞれ別の科で検査する。それぞれに専門の先生がいるのだけど、「心臓は心臓」そして「整形は整形」となってしまう。そのため、レントゲンやCTやMRIのフィルムはすべてもらうようにしていたのだ。
 最終判断は私と家族がしなくてはならない。
 一枚のフィルムとておろそかにできない。
 Kの生命の「蜘蛛の糸」のようなものだ。

 しかし、そのフィルムを持ち歩くのは、重たくて大変だった。
 でも、それらのフィルムなどを、1枚のCD画像に焼いてくれるという。しかも、病院や科ごとでだけでなくて、カルテなどの色々なデータも入れられる。

 この「PCでのデジタル化」でどれだけ助かったことか。
 ここでであったのが、病院専用の画像ソフト「ダイコム画像」だった。

 その後、そのソフトとハードを買って、自分で工夫しはじめた。
 試行錯誤した。これが、後の「医療用画像デジタル化サービス」につながる。

 これとて、子供の病気があったからこそ、結びついたことなのだ。とうてい、子供の病気が無ければ考えなどしなかった。

 脊髄の角度が変化するのを残しておきたい。
 親として、判断しなければならない。
 そのためにも、画像もカルテも、一目瞭然に、よく解るように残しておきたかった。
 
 先生は、「手術しましょう」といったけど、現状では、親としてこういう理由があって手術したと胸張って説明できない。
 10年前はCTはレントゲンで、MRIは磁気だということ。
 CT、MRIの違いさえわからなかった。
 
 子供の病気の経過を残しておきたいと思って、CDを作った。始めは、病院にCDを持っていっても、先生は見てもくれなかったが・・・先生にそのCDを見せても、「だから?」といわれてしまった。

 しかし、親として、できることは何でもしたかったが、どうするべきなのか・・・

 息子Kの背骨は17度ぐらい曲がっていた。
 1度検査で誤って40度と出てしまったり・・・
 色々なことがあった。
 だからこそ、息子の病気をデータとして残しておきたかった。
 しかし、ソフトのライセンスの問題・・・とか、色々とむずかしい問題に直面した。
 
 親は子供は選べない、子供も親を選べない。
 しかし、親としては、子供にちゃんと説明できる決断をしたい。 
 今の段階では親として子供にちゃんと説明が出来ない。

 そして、1年をかけて「医療用画像デジタル化サービス」のソフトを、いろいろな専門家に協力してもらい開発した。
 周りの方にも恵まれているので、ここまでこれたとおもう。


 レントゲンやCTやMRIのフィルムは12年経てば劣化する。
 しかし、ダイコム画像なら、劣化しない。ダイコム画像は改ざんも出来ない。

 こうして、Kと私は「ダイコム画像」とであった。
 Kは今12歳。Kの12年間の闘病の記録がすべて「ダイコム画像」に納められている。
 これは、Kの成長の記録でもある。生命の記録でもある。
 そして、私達家族にとって、貴重な「記念アルバム」である。

 

  「Kの誕生」 パート1 
  「Kを抱いたときの違和感・・・」 パート2
  「先天性側湾症と動脈開存症」 パート3
  「
手術をするか、しないかの選択」 パート4

 


 


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